主婦でも、自分の自由になるお金が欲しい。
夫が知らないお金が欲しい。
結婚して寿退社が夢だった昭和女子。
35年前、23歳だった私は焦っていた。
多くの友達が結婚していくから。
女子の年齢はクリスマスケーキ。
24のクリスマスイヴまでは売れるけど25はもう売れない。
アッシーくん(送り迎えしてくれるだけの彼)メッシーくん(ご馳走してくれるだけの彼)は居ても
なかなか本命の3高彼氏(高身長、高学歴、高収入)は見つからないとディスコで踊りまくるオンナたちもいたが、私はそれにも乗り遅れていた。
とらばーゆ
当時、リクルートが”とらばーゆ”という女性向け求人情報誌を発行していた。
女性のキャリアアップを目指して転職することを「とらばーゆする。」と言って社会現象化した。
1985年男女雇用機会均等法が制定された。
これを背景にやたらと向上心の強い女性が増えた。
私はまた焦った。
このままではいけない。何者かにならなくては。
私も転職した。そして男に負けてなるものかと早朝から深夜に及ぶ激務にも耐えた。
バブル景気を背景に「24時間戦えますか、ビジネスマン、ビジネスマン」と叫ぶように歌う栄養ドリンクのCMソングがあちらこちらで流れていた。
バブル景気崩壊後に結婚
バブルがはじけて不景気の時代が始まった。
勤務していた会社が倒産して失業。
無収入の時期があったがなんとか仕事を見つけた。
以前は普通に働いて、人並みの生活をしていくことぐらい誰でも出来ることだと思っていたが、
本当はすごく大変なことだと痛感する経験だった。
もう30歳を超えて24時間戦う気力などない。
休みの日は婚活に励み34歳で結婚することが出来た。
もう頑張らなくてもいい。
経済的に夫に依存して生きていける。
インフラ系の大企業に勤める夫の給与は、私が専業主婦でも何不自由なく暮らせるのに充分だった。
専業主婦は自分のお金がない
自分で稼がなくても生きていける安心感にしばらくは浸っていたが、
自分に収入がないのは寂しいと思うようになるのは早かった。
何をするにもお金がいる。一々夫にお伺いを立てなければ特別な出費は出来ない。
特別ケチな夫ではないが、人並みには意見を言い、時には反対もする。
自分が稼いだお金ではないので従うしかない。
月収8万円のパート勤務
配偶者控除と配偶者手当を受けるには月収8万円のパート勤務しかない。
それなら夫も了承してくれる。
それで充分だ。 それ以上働いたら扶養家族の優遇措置が受けられないので結果的に世帯収入はそんなに変わらなくなるし身体が疲れるだけ損だ。
今まで通り家事はひとりで全部するのでパートで稼いだお金は自分のものだ。
夫のお金で生活をしてひたすら自分のお金を貯め込んだ。
投資もしてみた。
20年以上パート収入を貯めれば、所謂老後の2000万円問題は解決する。
税金と社会保険料の負担がない月収8万円の働き方にわたしは満足している。
ひとりで家事育児をするのはしんどかったけど、夫の扶養家族だからの特典だ。
自分ひとり家事する不満を飲み込んで、毎日夫を立てて経済的自由を楽しむ。
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